手術の対象となる患者さん
- 心房細動により血管が詰まってしまった患者さん(脳梗塞や急性下肢動脈閉塞症など)
- 抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)による出血で困っている患者さん(消化管出血、脳出血、皮下出血、鼻出血など)
- カテーテルアブレーションにより不整脈が治らない患者さん
- 左房内血栓を有する心房細動患者さん
不整脈と心房細動について
心臓は心房と心室によって構成され、規則正しい電気信号で拍動します。
この拍動が不規則になると不整脈と呼ばれ、心拍が速い「頻脈性」と遅い「徐脈性」の2種類の不整脈が存在します。
治療には、徐脈性不整脈にはペースメーカを用い、頻脈性不整脈には焼灼療法が行われています。
心房細動は頻脈性不整脈のひとつで、心房が異常に痙攣し血液流が滞ることで血栓が生じ、脳梗塞などを引き起こす主要な原因となります。日本では、高齢化に伴い心房細動の発症が増加しており、2050年には人口の約1.1%に当たる103万人が心房細動を発症すると推測されています。[1]
治療評価
心房細動の治療には、脈を整える焼灼療法、そして血栓形成を予防するため血液をサラサラにする抗凝固療法があります。
動悸や息切れなど症状がある人には焼灼療法が行われております。
抗凝固療法は血液をサラサラにするためその他出血の危険性を評価しながら検討されます。治療指針においては 脳梗塞の危険度(血管が詰まる危険度)を評価する CHADS2スコア、そして抗凝固療法による出血性合併症の危険度を評価するHAS-BLEDスコアの使用が推奨されております。[2]
この危険度によりメリット、デメリットが検討され治療方針が決定されます。
CHADS2スコア (脳梗塞の危険度の評価)
CHADS2スコアで脳梗塞の危険度を点数化します。その点数により脳梗塞発症率が分かります(図1)
頭文字 | 危険因子 | 点数 |
C | 心不全 (Congestive heart faulure) | 1 |
H | 高血圧 (Hypertention) | 1 |
A | 年齢(>75歳) (Age) | 1 |
D | 糖尿病 (Diabetes mellitus) | 1 |
S2 | 脳卒中 / TIAの既往 (Stroke / TIA) | 2 |
HAS-BLEDスコア(出血の危険度の評価)
HAS-BLEDスコアで出血の危険度を点数化します。その点数により出血危険度が分かります。(図2)
頭文字 | 危険因子 | 点数 |
H | 高血圧 (Hypertention) | 1 |
A | 腎機能・肝機能障害(各1点) (Abnormal renal and liver function) | 1 or 2 |
S | 脳卒中 (Stroke) | 1 |
B | 出血 (Bleeding) | 1 |
L | 不安定なINR (Label INRs) | 1 |
E | 高齢者(>65歳) (Elderly) | 1 |
D | 薬剤、アルコール(各1点) (Drugs or alcohol) | 1 or 2 |
不整脈の治療
従来心臓血管外科では心臓の切開と縫合により異常の電気の流れを断ち切る手術が行われておりました。[3]
縫合部分からの出血などの危険性がありましたが現在では心臓を切開しないラジオ波での焼灼や亜酸化窒素による冷凍凝固療法などがあります。[4]
また従来は胸部の正中切開により胸を大きく開き手術をおこなっておりましたが、低侵襲手術が広まる中右小開胸による焼灼療法(肋骨の間から)、または完全胸腔鏡下(内視鏡)によるラジオ波焼灼療法などがあります。完全胸腔鏡下手術では左側胸部に約1cm程度の創を4か所おき、ポートという筒のようなものを挿入し、ポートからカメラや手術器具を胸腔内にいれながら手術を行います。
左心耳について
心房の一部に心耳というお部屋があり、心房細動における血栓の90%がこの左心耳の中にできるとされております。血栓形成を予防するため抗凝固療法がおこなわれますが、抗凝固療法が必要な患者さんのうち30~50%がその他合併症や出血の危険性により抗凝固療法ができない状態であるとされております。一方、抗凝固療法を行っている患者さんの16~50%においても適切な抗凝固状態が維持できていない(サラサラになっていない)との報告もあります。[2]
治療 (脳梗塞予防)
脳梗塞の原因となる左心耳を閉鎖することにより脳梗塞を予防することができます。焼灼術を行っても脈が正常に戻らない患者さんがいる一方、CHADS2スコアが高い人においては焼灼術後でも脳梗塞を起こす危険性が高いとされております。その他出血の危険度が高く抗凝固療法が行えない人もいます。このような患者さんにおいては左心耳を閉鎖することにより抗凝固療法なしでも脳梗塞を予防することが可能となります。左心耳は心臓の容量調整や血圧、体内の水分のバランスを整えるホルモンを産生する場所でもありますが、閉鎖しても人間の代償機構により問題がないとされております。左心耳閉鎖術も完全内視鏡下で行うことができるようになっており当院においては積極的に取り組んでおります。心房細動により抗凝固療法が必要であるが出血を繰り返す患者さん、または抗凝固療法を行っていても塞栓症を繰り返す患者さんにはよい適応になります。
参考文献
[1] Inoue H, Fujiki A, Origasa H, Ogawa S, Okumura K, Kubota I et al. Prevalence of atrial fibrillation in the general population of Japan: an analysis based on periodic health examination. International journal of cardiology 2009;137:102-7.
[2] 野上 昭彦, 栗田 隆志, 不整脈非薬物治療ガイドライン. 日本循環器学会/日本不整脈心電学会合同ガイドライン 2021.
[3] Cox JL, Schuessler RB, D’Agostino HJ, Jr., Stone CM, Chang BC, Cain ME et al. The surgical treatment of atrial fibrillation. III. Development of a definitive surgical procedure. The Journal of thoracic and cardiovascular surgery 1991;101:569-83.
[4] Lee AM, Clark K, Bailey MS, Aziz A, Schuessler RB, Damiano RJ, Jr. A minimally invasive cox-maze procedure: operative technique and results. Innovations (Philadelphia, Pa) 2010;5:281-6.